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ヒポクラテスの処方箋

医の神アポロン、アスクレーピオス、ヒギエイア、パナケイア、及び全ての神々よ。
私自身の能力と判断に従って、この誓約を守ることを誓う。

  • この医術を教えてくれた師を実の親のように敬い、自らの財産を分け与えて、必要ある時には助ける。
  • 師の子孫を自身の兄弟のように見て、彼らが学ばんとすれば報酬なしにこの術を教える。
  • 著作や講義その他あらゆる方法で、医術の知識を師や自らの息子、また、医の規則に則って誓約で結ばれている弟子達に分かち与え、それ以外の誰にも与えない。
  • 自身の能力と判断に従って、患者に利すると思う治療法を選択し、害と知る治療法を決して選択しない。
  • 依頼されても人を殺す薬を与えない。
  • 同様に婦人を流産させる道具を与えない。
  • 生涯を純粋と神聖を貫き、医術を行う。
  • どんな家を訪れる時もそこの自由人と奴隷の相違を問わず、不正を犯すことなく、医術を行う。
  • 医に関するか否かに関わらず、他人の生活についての秘密を遵守する。

この誓いを守り続ける限り、私は人生と医術とを享受し、全ての人から尊敬されるであろう!
しかし、万が一、この誓いを破る時、私はその反対の運命を賜るだろう。

医学部の学生たちは、医者になる前に医療倫理の原則をうたった上の宣誓文を立てる。宣誓文は通称こう呼ばれている。「ヒポクラテスの誓い」

この誓いを初めて立てたとされるのが古代ギリシアの医者であったヒポクラテス。名前の伝わっている医者としては最も古い時代の医者であり、病気を超自然現象ではなく、生理学的に捉え、科学的な医学を創始したとされることから、「医学の父」と呼ばれる人物である。ヒポクラテスは、「空気・水・場所」の環境が人間の健康と病気に影響を及ぼすという考えを持っていた。また、多くの病気の症状についての記述を初めて残したことでも知られる。当時としては、かなり画期的な考えを持っていた人物であるとが伺える。

2017年、ヒポクラテスの処方箋とみられるものが見つかった。エジプト北東部、シナイ半島にある聖カタリナ修道院で、図書館の修復作業にあたっていた修道僧が、処方せんの記された6世紀の手稿を発見したという。

記述が書かれていたものは、パリンプセプト。パリンプセストは引き伸ばした革でできているが、当時、これを作るには手間も費用も掛かった。その結果、多くのパリンプセストは最初に書かれた文章が削り取られたり、上から別の文章が書かれたりして、新しい手稿作りに使われた。今回発見された処方箋も、シナイ写本という聖書の文章が上に書かれていた。

ヒポクラテスは、様々な形で現代の医学に影響を及ぼしている。彼の残した医学に関する記述が発見されることは、病気を治すということの根源を探る上で重要である。

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参考記事

https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/17/071300266/

https://www.y-history.net/appendix/wh0102-133.html

 

 

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