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ダイヤモンドが高額な理由ーデビアスの支配

「婚約指輪は給料の三ヶ月分」「ダイヤモンドは永遠の輝き」などと持て囃されているダイヤモンドだが本当にそんなに価値があるのか。

今から150年以上前、確かにダイヤモンドは採掘量も少なく限られた地域でしか採掘されないことから希少価値が高かった。しかし、1866年に南アフリカであるダイヤモンドの鉱脈が発見された。最初はダイヤ産業がまだ存続できてかつ南アフリカで発見されたことからアフリカの希望になると考えられていた。しかし、事態はそうはうまく運ばなかった。鉱脈から採掘されるダイヤモンドの量がめちゃくちゃ多かったのである。ダイヤモンドの価値が暴落する危険がでてきたのである。

ここに登場した男が、かの有名な

セシルローズ

である。

彼がアフリカ大陸を跨いでいる絵が歴史の教科書にも載っているの知っている方も多いと思う。

彼は、英国の大富豪ロスチャイルド家から資金を得てある会社を設立。それが、

デビアス社

である。ロスチャイルドの資金を背景にローズ、そしてデビアス社は世界のダイヤモンド生産の9割を支配下に置いた。

しかし、デビアス社の隆盛は長くは続かずアングロアメリカン社の融資を受け、会長はアングロアメリカン社のオッペンハイマーが就任した。オッペンハイマーはデビアス社のダイヤモンド支配を確立させるために次の施策を打ち出した。それが、

  • ダイヤモンド生産組合を作り生産調整を行う。
  • ダイヤを全て買い占め、それを流通させるべくダイヤモンド貿易会社を設立。
  • 流通されたダイヤを販売する中央販売機構を設立。

である。こうして、ダイヤモンドの生産〜流通〜販売を一気に掌握することでダイヤモンド関係の商売をするためにはデビアス社を通さなければならないという市場を作ってしまった。

こうしてデビアス社のダイヤ独占体制は40年近く続いたが第二次大戦後新たなライバルが現れた。

それは、イスラエルである。建国間もないイスラエルは、国家の経済基盤としてダイヤモンドに目をつけた。順調にダイヤモンドの流通の中心として成長していたイスラエルだが、デビアス社はそれを黙って見すごさなかった。ここで、デビアス社VSイスラエルの対決が始まる。デビアス社はイスラエルに原石割当量の20%の削減を命じるが、イスラエルはこれに反発。しかし、この反発は長くは続かず結果はデビアス社による国際金融界の圧力によりイスラエル国家のダイヤ産業は衰退していく。イスラエルもダイヤの過剰生産などで抵抗するが結局はデビアス社の金の力でその抵抗は無になってしまった。

一国をボコボコにしたデビアス社だったが次の敵は、相手が悪かった。それは、アメリカである。アメリカはデビアス社を独占禁止法に触れるとして自国でのダイヤモンドの販売を禁じた。デビアス社はこれに屈しアメリカに和解金として2億5千万ドルを渡し販売禁止は免れた。

現在では、新たな鉱山の発見や他の国々によるデビアス社を通さずにダイヤが流通されており、デビアス社の支配力は縮小しつつある。鉱物としてダイヤモンドに今の値段ほどの価値はない。しかし、ダイヤモンドの価値は共同幻想として確立されてしまったので恐らくこれからも価値は下がらないだろう。

最後にセシルローズの名言を一言

So little done, so much to do.

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参考記事

この世のダイヤを支配したデビアス(DEBEERS)

 

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