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ロケットを見に行くためにヒッチハイクをした話(3)

 乗せてもらったご夫婦の車は、運よく僕の目的地でもあった帯広へ向かう車だった。車内では、色々とお話を聞かせてもらったが、その中で一番面白かったのが札幌の今、昔についての話だ。お父さんは、若い頃ホテルマンとして東京に勤務をしていた。そのころ(昭和40年)の東京と北海道の雰囲気は、今では想像もつかないほどかけ離れていて東京と比べれば札幌でさえ田舎と言えるほどだったらしい。東京に初めてでたお父さんは、そこで見た華やかさにびっくりしたそうだ。特に、女性の身なり格好には「綺麗だな」と思ったらしくハイカラというものを体験したらしい。その話を聞いていたお母さんがすかさず「今は女の子は札幌の子の方が服装も化粧も派手でなくて綺麗」と言って、お父さんも「そうかもな」なんて言ってなかなか面白かった。

こんな感じの話をしながら帯広についた私は、そこでご夫婦と別れを告げて次の車をヒッチするためにダンボールを掲げた。30分ほど掲げていると黒いミニバンが止まってくれた。乗せてくれたのは、家庭菜園用のプランターなどを帯広まで買いに来たお母さん。目的地を伝えると「この荷物の荷運びを手伝ってもらえる?」と聞かれたので「もちろん」と即答。家に着いてみると、そこは裏に川が流れていて家の外装も北欧っぽい感じの家が。お母さんが言うには運が良ければシマフクロウの鳴き声も聞こえると言う。荷運びの手伝いを終えて大樹町の発射場まで向かう途中、妙に車のナンバーが道外の車とすれ違う。「これはもしかして」と思い、ロケット打ち上げの特設ホームページを見てみるがまだ新しい情報は何も更新されていない。とりあえず発射場である航空公園まで行ってみた。やはり見慣れない道外ナンバーの車が続々と公園から去っていく。そこで再びホームページを見てみると「本日の打上は中止です」と新たに更新されていた。肩を落とす僕をみてお母さんが「アイスでもたべる?」と声をかけてくれた。それを聞いて僕は是非と即答。打上のことは頭から消えた。車を走らせて道の駅に着いた。そこの道の駅は卵の自販機や地元のとれたての野菜が低価格で売られていて、北海道らしい道の駅だった。お母さんに着いていくとカマンベールアイスの看板があった。奢ってもらってそのアイスを食べてみると、美味かった。濃厚だった。満足した僕はロケットのことはすっかり忘れた。そして帯広まで送ってもらってお母さんとはそこで別れた。

帯広でとりあえず飯を食いたいと思い、帯広ご当地のインデアンカレーを食べた後、再びヒッチを開始した。1時間ぐらいでヒッチすることができた。運転手さんは高校の先生。札幌へ帰るところだと聞いて乗せてもらった。その先生は、戦争期の遺物探検が趣味らしく道東のトーチカの撮影に行った帰りと言うことだ。その先生の経歴はとても面白いものだった。まず、先生になる前はピアノの調律師をしていたらしい。そして、大学では酪農学園大学で農業を専攻していたという。また、介護士の資格も持っていると言う。会話を進めていると北海道の良さについて語り合った。僕は、釣りに気軽に行けるところと答えた。先生は自然と答えた。先生はハンターの資格も持っているらしい。後もう1つ、親戚との距離感。先生は出身は本州であり、北海道に住んでいると言うことから親戚の面倒臭いことに巻き込まれないで済むと言う。僕には、まだわからないがそういうこともあるんだなと思った。こんなことを話しながらいつの間にか新札幌駅まで着いた。

最後はもうヘトヘトだったがなんとか大学の寮まで着いた。その後、僕は大学の悪きドンパと後輩とともに山岡家に連れて行かれた。

ヒッチハイク(1)

ヒッチハイク(2)

 

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